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最高裁判所第三小法廷 昭和29年(オ)86号 判決

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人弁護士岩田源七の上告理由は後記のとおりである。

原判決の確定したところによれば、上告人は、昭和二八年二月一八日本件手形(金額八九四、九一〇円、満期日同年四月一五日、振出地及び支払地三重県員弁郡阿下喜町、支払場所株式会社三重銀行阿下喜支店の約束手形一通)を訴外有限会社梅田家畜商会に宛てて振り出し、同商会は同年三月一〇日これを訴外尾崎国男に白地式裏書により譲渡し、被上告人は、同月一六日同訴外人から右手形を譲り受け、同年四月八日更にこれを株式会社三和銀行に裏書譲渡したが、被上告人の三和銀行に対する右裏書は、外形上通常の裏書でしかも取立委任の目的をもつてなされたいわゆる隠れたる取立委任裏書である。そして三和銀行は株式会社百五銀行に、同銀行は株式会社三重銀行に、いずれも取立委任裏書をしたので、三重銀行は右手形を満期日に支払場所において支払のため提示したが支払を拒絶されたため、被上告人はその頃三和銀行からこれが返還を受けて現に本件手形を所持している、というのである。また、被上告人が原審において甲一号証として提出した本件手形の写(記録四五丁)によれば、以上の認定に副う記載が認められるが、その裏書欄中三和銀行から百五銀行、百五銀行から三重銀行に対する各裏書の記載はいずれも抹消されているにかかわらず、被上告人から三和銀行に対する前記裏書はなお抹消せられずに残存する事実が明らかである。

ところで、手形行為の効力は、原則として、当事者の具体的意思如何にかかわらず行為の外形に従つて解釈せらるべきであるから、隠れたる取立委任裏書の場合にあつても、手形上の権利は、通常の裏書におけると同様裏書人から被裏書人に移転し、取立委任の合意は単に当事者間の人的抗弁事由となるに止まるものと解すべく、従つて、被上告人が三和銀行に対してなした前記裏書により、本件手形上の権利は被上告人から三和銀行に移転したものと解すべきである。しかしながら、前記認定によれば、被上告人は、満期日における支払の拒絶後三和銀行から本件手形の返還を受けて現にこれを所持するというにあるところ、手形上の権利が裏書により一旦被裏書人に移転された場合でも、その後裏書人が被裏書人から当該手形の返還を受けるときは、さきの裏書を抹消すると否とにかかわらず、裏書人は再び手形上の権利を取得するものと解するのが相当であるから、被上告人は、現に本件手形の権利者たる地位にあるものというべきである。もつとも、被上告人から三和銀行に対する裏書が本件手形における最後の裏書としてなお残存する以上、被上告人は、たとえその実質的権利を有しかつ手形を所持していても、裏書の連続を欠くため、本件手形上の権利につきいわゆる形式的資格(以下資格という)あるものとすることはできない。しかしながら、右にいわゆる資格とは、手形法の下において、所持人が裏書の連続により権利者たるの外観を具えるときは、その実質的権利を証明しなくても手形上の権利を行使することができると共に、手形債務者もかかる所持人に支払をする限り、所持人がたとえ無権利者であつても債務を免れることができるものとせられ(手形法一六条一項、四〇条三項並びに七七条一項及び三号参照)、もつて手形取引の敏活と安全とが企図されている関係においての手形権利者たることの外観をいうに外ならないのであるから、これなくしては手形上の権利の行使が絶対に許されないものと解すべきではない。かえつて、実質的権利者が資格を具備しない場合であつても、債務者に対し進んでその権利を証明するときは、その権利の行使はもとより適法であつて、債務者は、請求者が資格を欠くことを理由としてこれが履行を拒否することは許されないものと解すべきである。しからば、被上告人が本件手形につき実質的権利を有すること前記の如くである本件において、振出人たる上告人に対し手形金の支払を求める被上告人の本訴請求の理由あることは、まことに明瞭といわねばならない。原判決は、隠れたる取立委任裏書は権利移転の効力を有しないものとし、又被上告人の三和銀行に対する裏書がなお抹消せられずに残存する事実を看過して、被上告人は同銀行から手形の返還を受けると同時に資格を回復し裏書の連続に欠けるところがないとする等、当裁判所の上記の判断と相反する説示もみられるけれども、被上告人の本訴請求を認容したその終局の判断においては正当であるから、これを非難する論旨は、結局理由がないものとして排斥を免れない。

よつて、本件上告を棄却すべきものとし、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 垂水克己 裁判官 島 保 裁判官 河村又介 裁判官 小林俊三 裁判官 本村善太郎)

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